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キレイ好きで清浄を好む日本人と清濁併せ呑み込むガンジス川

インドのガンジス川といえば聖なる川として有名だが、一方で死体を流しているその隣で沐浴する人がいたり、水を飲んだりするなどの「不潔」な光景がよく知られているところである。そこは生と死が、聖なるものと俗なるものが混濁し、生も死も聖も俗もひとつの流れとなる悠久の「生命の河」というべきだろう。しかし清浄を好むほとんどの日本人には受け入れがたい光景ではないだろうか。清浄を好み不潔を嫌う心性は、「死」を穢れとして厭うということになる。河に遺灰、遺体を流す行為は灰を海に撒く「自然葬」と同じように思えるが、日本の自然葬とはその内実はかなり異なる。そもそも「死」は不潔なのか。

キレイ好きで清浄を好む日本人と清濁併せ呑み込むガンジス川

世界一キレイ好き日本人

日本人ほどキレイ好きな民族も珍しい。外国人観光客は都会の路上にゴミが落ちていない風景に驚嘆し、江戸の下水技術は世界一だった。武田信玄(1521~73)が水洗トイレを使用していたなどという話は雑学の定番である。一方、ヨーロッパの貴族は城の窓から糞尿を捨てていた。潔癖症は決して文明病でなく、日本人の根深い気質といえる。

古事記によると、イザナギノミコトが黄泉の国の汚れを川の水で洗い、一切の穢れが清められると、イザナギの身体からアマテラス、ツクヨミ、スサノウの三神が生まれたという。アマテラスは伊勢神宮内宮に鎮座する八百万の神々の最高神である。その誕生は一点の曇りも、毛ほどの汚れもない清浄な環境におけるものだった。そして黄泉の国とは死の世界のことである。神話の時代、「死」は汚らわしいものであった。

キレイ好きが過ぎて死(=死体)を穢れと扱うようになった

この「清浄思想」ともいえる日本人の意識から、死を穢れとして厭い、遠ざける心性が生まれるのは必然であった。何故なら「死」そのものは観念である。死は目に見えない。我々が認識できるリアルな死とは死体のことである。死体はやがて異臭を放ち腐敗する。打ち捨てられた死体はカラスの餌になり、ハエがたかる。死を穢れと見なす意識は極めて物理的な、死体の行く末に対するものなのかもしれない。自分がそのような汚れた物体になるなど想像するだけでおぞましい。ほとんどの日本人が葬儀の帰りに塩をまくのは、身体についた汚物を洗い落すイザナギと同じことをやっているようである。一部の宗教がこの慣習に異議を唱えているのも死・死体を汚物と見做す感性に対する反発である。とはいえ日本人として拭い難い感性であるのも事実だ。

受容されなかった後期密教

「清浄思想」は後発の外来宗教、仏教の受容にもフィルターがかけられた。仏教の中でも密教は成立した時期によって前期・中期・後期に分類できるが、最澄(767~822)がその一端を、空海(774~835)が当時最新の、そして円仁(794~864)・円珍(814~891)らが、さらに進んだ密教を持ち帰った内容はいずれも中期の密教である。

後期密教は「聖なるもの」と「俗なるもの」の不可分が説かれ、両者の統合すら追究されるようになる。これは仏教を圧倒しつつあったヒンドゥー教の影響が強い。後期密教を継承するチベット密教の仏像にはミトゥナ像(男女合体像)が多く存在し、ヒンドゥー教のものと本質的には同じである。日本の仏像は静謐な面持ちがあり、欲望、煩悩を浄めてくれる思いを与えてくれる。一方、チベット密教や本家のヒンドゥー教の仏像・仏画にはセックスなど人間の欲望にあふれている。人間の欲をそのまま受け止め、悟りのためのエネルギーにしてしまうアグレッシブなものである。

美醜を分断しないインド人とガンジス川

ガンジス川も同じである。ガンジス川は美しいものも醜いものも分け隔てなく流してくれる。そこに生と死に違いはなく、死体を焼き、流す隣で沐浴をすることになんら矛盾することではないのだ。日本人にとって水は穢れを洗い落とし清めるものであるが、インドやチベットは綺麗も汚いも合わせて飲み込むことを選んだ。

密教学者・正木晃は「密教は仏教の最終走者」と述べているが、日本には「最終走者」としての密教は伝わらなかった。清浄を好む日本人には後期密教のような、清濁合わせるアグレッシブさはどうしても合わなかったのだろう。

清浄思想は死を隠蔽する

ガンジス川のほとり、聖地・ベナレスの別名マナーシュマシャーナは「大いなる火葬場」という意味がある。川には火葬場があり、基本的には火葬した灰を流す(火葬できない貧しい死体はそのまま水葬とされる)。

日本で普及が進んでいる「自然葬」と見た目は同じであるが、我々が灰を流したその隣でその水を飲めるだろうか。それどころか周辺を泳ぐ魚を食べることすら憚られるだろう。また、日本の自然葬は母なる海に帰るというストーリーがある。そしてその海は透き通るような青さに満ちているのではないか。家族があるいは自らが帰還する故郷に対して、ガンジス川の濁った水の色を想像する人は少ないと思われる。日本人はどこまでも清浄でありたい。「死」は穢れているのだ。

清浄思想は死を美化する

死を穢れと見る思想は、死の隠蔽にもつながる。おぞましいものは見たくないからだ。その死の隠蔽はリアルな死に触れる機会を奪い、命の軽視を生む。また、死の美化を生み出す要因ともなる。「母なる『清浄な』海」のように、死を遠ざけ、死に美しさを想像する。三島由紀夫(1925~70)の割腹自殺は演説のシーンだけなら映画のようであるが、実際はそのあとの現場は凄惨そのもので後始末が大変だったという。当然のことだろう。ドラマ「ヤヌスの鏡」(1985~86年放送)で、祖母が主人公の娘に自身が悶え苦しみながら死ぬ様を直視させる場面があった。祖母はつまらない日常を生きるくらいなら美しく死にたいといった、若者が陥りがちな死の美化から孫の目を覚まさせたのだった。

ガンジス川に馳せる思い

事実かどうかは不明だが「リセットボタン」を押せば生き返ると本気で信じている子どもがいるという話が一時期騒がれた。そこまでいかなくても「清浄思想」からくる死の隠蔽に遠因があるのではないか。日本人の「清浄思想」が悪いというわけではない。筆者もインドやチベットのアグレッシブな仏教美術より日本の静謐な雰囲気の方が好きである。神社の境内に踏み込むと空気が澄んでいるのを感じて非常に気持ちが良いものだ。この感性は大切にしたい。

一方で、死を極端に穢れとして遠ざけるのもやはり考えなくてはならない。日本人が「本音と建前」を使い分けると揶揄されるのも、せめて表向きは綺麗でありたいとの清浄思想がそうさせるのではないだろうか。そのような分別が行われている同じ空の下で、ガンジス川は今日も流れている。生も死も、聖なるも俗なるも、清浄なものも、汚れたものも関係なく飲み込み悠遊と流れている。盆・彼岸の季節には死者が帰ってくる。おぞましいなどと言わず、そんな河の風景にも思いを馳せてみたい。

参考資料

■正木晃「知の教科書 密教」講談社(2004)

ライター

渡邉昇(掲載日:2019/08/07 更新日:2021/08/19)

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