聖者には奇瑞(不思議な現象・前兆)が付き物だが、中国の高僧の中には死後、棺の中から遺体が忽然と消え去っていたという話がある。これは怪談ではなく「尸解仙」(しかいせん)という仙人になった証である。日本では馴染みのないこの奇瑞は何を意味しているか。
狂気か悟りか――鈴の音と共に消えた禅僧・普化の伝説
中国・唐代に、普化という禅僧がいた。臨済宗開祖・臨済義玄の言行をまとめた語録「臨済録」には、鈴を振りながら叫んだり、臨済を唖然とさせたりと、悟りを開いた臨済の上をいく、その風狂な振る舞いが記されている。ある日、普化は町に出て衣を求めた。町から帰った普化に臨済が「この衣を用意したぞ」と棺桶を用意した。普化は棺桶を担ぎ、町中で「わしは東門で遷化する」と叫ぶと、たちまち群集が集まった。だが普化は「今日はやめた。明日南門で遷化する」と言った。これが三日続き、四日目になると誰も来なくなった。そして普化は城外に出て穴を掘り棺の中に入り、道行く人に釘を打ってもらった。これが城内に伝わると群集が押しかけ、本当に死んだものか棺を開いてみた。すると中には死骸も何もなく、鈴の音が響くのみであった。似たような話は中国禅の開祖・達磨の伝説にも見られる。これは道教の「尸解」に類する逸話である。
魂の解放と肉体の脱皮:道教が説く「尸解仙」の位階
道教では不老不死を得て仙人になることを「昇仙」という。「尸解」とは昇仙のひとつで、これを成し遂げ仙人になった者は「尸解仙」と呼ばれる。一度死を経験し、魂が肉体という束縛から解放され、仙界に昇り不滅の存在になる。典型的な尸解仙の事例としては、普化の逸話にあるように、棺に安置されていたはずの遺体が葬儀の際には消え去り、衣服や装飾品のみが抜け殻のように残されていたというものである。だが最も上級の仙人は「肉体ごと」昇仙する「天仙」であり、肉体を捨ててしまう尸解仙は昇仙の中では下級の段階であるとされる。ここには中国人の現世主義が見て取れる。
不老不死への渇望が生んだ、中国仏教における「聖者の証明」
普化や達磨など高名な禅僧に、道教的な尸解の逸話が残されているのは、仏教と道教が影響し合っていることを示している。中国の宗教思想は仏教、道教、儒教が互いに影響を与えあう重層的な構造を成していた。仏教の高僧、つまり聖者はその死にあたって凡人とは異なる奇瑞が顕れるとされた。これは道教の昇仙思想が大きく影響していると考えられる。観念的なインド人に比べ、中国人は不老不死に憧れるなど極めて現世主義的である。中国人にとって仏教を極めた聖者である高僧は真に死ぬことはなく、不滅の存在になるはずである。高僧がこの世を旅立つにあたっては、その明かしとしての奇瑞が期待されたのだった。
汚れを忌み、骨を愛す――日本に「尸解」が根付かなかった理由
一方、日本の高僧伝にも、紫雲がたなびき、妙なる香りが漂い、美しい音が流れるといった奇瑞の描写が多く見られる。しかし尸解仙にあたる逸話は見受けられない。これは日本人が古来より、死に対して、弔いと静寂が求められたことが関係するのではないだろうか。
普化のように尸解という現象はかなりショッキングなもので劇的な演出にも思える。日本の高僧の最期は、坐したまま静かに入滅したり、遺偈を残して逝くというパターンが多く、静寂にして荘厳なイメージがある。道元は只管打坐を唱えた。坐禅は悟りを得るなどのための目的があってのは手段ではなく、坐ることそのものが禅なのだという。親鸞も人為的な働きかけを捨てたありのままの心で、阿弥陀如来にすべてを任せきった境地「自然法爾」を説いた。
また、日本人の死生観には神道がある。神道では死はケガレであり、死者は弔いによってケガレを浄化し、鎮めるものだった。遺体が消える、棺が空になるといった尸解仙の話は、弔うべき遺体が行方不明になった不安・異様さを喚起させるのではないか。さらに日本人は遺骨を尊重する心性があり、肉体消失は憧憬の対象にはなりにくい。それどころか、空海は現代でも肉体をもって生きているという伝説すらある。いずれにせよ日本人の不老不死への憧れは薄い。むしろ仏教の「生死即涅槃」のような生死を超えた境地に共感を抱いてきたと思われる。
無執着の果てか、人間の弱さか:奇瑞が問いかける「死」の在り方
日本人の死生観の方が高尚のように見えなくもないが、仏教学者・紀野一義は「名が残るとか、財が残るとか、そんなケチな死に方ではない」と、何もかもを捨てた無執着の極限として普化の最期を評価している。また実際、死に直面した時、私たちはそのようにいられるか。凡人としては尸解のように少なくとも死後に何かがあると示される方が安心できるかもしれない。親鸞は奇瑞の類を一切見せず淡々と死んだが、娘の覚信尼はそのことに疑問を持ったという。人間の弱さを考えさせられる話である。
参考資料
◼︎紀野一義「生きるのが下手な人へ」光文社(1985)
◼︎大形徹「戸解仙と古代の葬制のかかわりについて」『中国研究集刊』12号 大阪大学(1993)



























