日本に限らず、世界中のあらゆる人々や民族が、それぞれ独自の神話を持っている。長きにわたり語り継がれてきたその物語を紐解けば、古来の人々が「生きること」と「死ぬこと」をどのように考えたかが見えてくる。
今回は、日本/北欧/エジプトに伝わる神話から、それぞれの死生観をのぞいていこう。
【日本】 黄泉国:不可逆で忌むべき地下の世界
日本に古来より伝わる死後の世界を「黄泉国(ヨモツクニ)」という。地獄や極楽(浄土)を想像する人も多いかもしれないが、これはそもそも仏教の考え方であり、一般に広まったのは平安時代後期あたりとされている。ちなみに、地獄の反対として「天国」を使うことがあるが、これは正確に言えばキリスト教の概念である。
では、黄泉の国とはどんな所なのだろうか。ざっくりと以下でまとめてみた。
・暗く、不浄な世界
・黄泉国の水や火で煮炊きしたもの食べると、元の世界には戻れなくなる(ヨモツヘグイ)
・黄泉国と現世の堺に黄泉平坂(ヨモツヒラサカ)がある
・地下にあると考えられる
上記の描写は『古事記』や『日本書紀』に書かれているものだが、地獄や極楽に比べ、具体的な描写が非常に少ない。
仏教では、罪を犯させないため、よりよく生きるために恐ろしい地獄を説いた。ではなぜ、黄泉国は明確に語られなかったのだろうか。
その理由は、日本人が死を「不可逆なもの」、「忌むべきもの」と考えていたからだろう。輪廻転生とも全く異なる、日本人古来の死生観である。
【北欧】 ヴァルハラとヘルヘイム:名誉ある戦死と静かなる休息
ノルウェーやスウェーデン、デンマークなどに伝わる北欧神話にも、特徴的な「あの世」像が見て取れる。それが「ヴァルハラ」と「ヘルヘイム」である。
ヴァルハラは、北欧神話の主神・オーディンが住まう宮殿のことを指す。「戦死者の館」とも呼ばれ、その名の通り戦死者(エインヘリヤル)がワルキューレに導かれ連れていかれる場所である。ここで戦死者は毎日戦い、ラグナロクに備え、夜になると宴に興じるという。
ヴァルハラと反対に、老衰や病死など「戦死者以外」が行く死者の国がヘルヘイムである。ヘルヘイムは世界樹・ユグドラシルの下にあるとされ、ヘルという女神が治めている。ここは恐ろしい場所ではなく、静かな世界であることが特徴だ。
ヘルヘイムは決して地獄ではない。しかし、戦いや「名誉ある戦死」を望む人が多いヴァイキング文化において、ヴァルハラに招かれることは非常に重要だった。
戦死してもなお、次の戦いに備えること。北欧神話およびヴァイキングたちの死生観において、死は次の戦いに行くための一つの通過点だったのだ。
【エジプト】アアル:審判の先にある永遠の再生と楽園
エジプト神話における死後の世界は、死後の裁判を受け、認められたものだけが行ける楽園である。アアルやイヤルと呼ばれることが多い。
アアルは西の方にある(場合によっては東の方)死者の王国で、冥界の神・オシリスが支配している。そこで死者たちは働き、食事を摂り、友人たちと語らうことができた。また、エジプトの神々と出会うこともあるという。
エジプト人にとって死は終わりではなかった。アアルは審判を経て、正しく生きた者だけが辿り着ける永遠の再生の地だったのである。
裁判で負けた場合(つまり罪人と判断された場合)、死者の心臓はアメミトという怪物に食われ、魂が消滅してしまう。また、裁判をくぐり抜けた先の旅路は恐ろしいものであるということも忘れてはならない。
文化としての死:神話が示す人間本来の生き方
世界中のあちこちに、死後の世界を描いた神話が残っている。それらは、彼らがどのようにして生きて、どのように死と向き合ったのかを示すものである。生きることと死ぬことに対する考え方。それは人間が生み出す文化そのものだ。
ぜひ、いろいろな神話を紐解いてみて欲しい。自分が持つ死後の世界観と違っても、理解しにくくても、古代の人々が生きてきた足跡をたどることができるはずだ。
参考資料
■福永武彦(訳)『現代語訳 古事記』河出文庫、2003年
■K・クロスリイーホランド『北欧神話物語』青土社、1983年
■ヴェロニカ・イオンズ『エジプト神話』青土社、1991年



























