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生まれた順番に死んでいく「親死 子死 孫死」の幸せと難しさ

大切な人に先立たれるのは悲しいことである。だが、それが生まれた順番通りであるならそれは自然であり、むしろ幸せなことなのである。順番に反する死ほど辛いことはない。偉大な禅師たちはそれを逆説的に表現した。

生まれた順番に死んでいく「親死 子死 孫死」の幸せと難しさ

親死 子死 孫死

臨済宗の禅僧・仙厓義梵(1750〜1837)の有名な逸話がある。仙厓を招いたある篤志家が、掛軸を前に何かめでたい言葉を書いてくれと頼んだ。仙厓は「親死 子死 孫死」(祖死父死子死孫死)と書いた。

篤志家はいくらなんでもそれはないだろうと憤った。しかし仙厓、超然として 「孫死 子死 親死」の方がめでたいのかと言い返したという。人は必ずしも順番通りに死ぬわけではない。親にとって子に先立たれるほど辛いことはない。どのみち人は死ぬ。ならば家族が年の順番通りに死ぬことは自然である。この通りに死ねるならこれほどめでたいことはないというのである。

この逸話、同じ臨済宗の傑僧で「とんちの一休さん」で有名な俳句一休宗純(1394〜1481)のものであるとも言われる。事実は不明だが、いかにも一休が言いそうなことでもある。生まれた順どおりに死ぬ。年を取った者が先に死ぬ。当たり前のようで当たり前でない。

頻発する夭折

2022年4月23日知床半島沖で発生した観光船沈没事故では3歳の少女の遺体や、子供のものと思われる日記が発見されたという報道を見た。また船上で恋人にプロポーズする予定だった23歳の男性の葬儀が行われたとの報道もされた。一方、山梨県・道志村の山中で子供のものとみられる骨や装備品などが発見された。現地では3年前キャンプ場で当時7歳の女児が行方不明になっており関連性が指摘されている。女児の母親が現地に赴き、娘の物ではないと信じているという旨の胸中を語った。そしてロシア・ウクライナ戦争でも毎日のように犠牲者が増えている。中でもウクライナの子供が巻き添えになっている報に接する度に胸が痛くなる日々だ。

人命は平等である。大人でも子供でも同じ命である。それでもやはり未来ある子供や若者の死は耐え難い。命が神仏から頂いたものなら、彼らは命を使い切る前に逝ってしまったのだ。

親視点で考える逆縁

親よりも先に子が亡くなることを俗に、逆縁の不幸と呼ぶ。 逆縁とは仏法に反する行為を行う重罪「謗法」を重ねることで、仏との負の縁が結ばれることを指し、最大の罪のひとつで最下層の地獄、無間地獄に堕ちるともされる。これが転じて親より子が先立つことを指すようになった。先立つことは親を悲しませる最大の親不孝であり、まさに「親死 子死 孫死」に逆らう行為だからである。仏教説話の世界では、無垢な子供であってもこの重罪を犯した者には容赦しない。親に先立った子供は「賽の河原」で石を積まされる。石を積み終わると鬼がやってきてその石を崩してしまい、また積み上げなくてはならない。恐山にある賽の河原には多くの積んだ石が並んでいる。死んだ子の親たちが少しでも代わりにと積み上げた跡である。

だが、この説話は理不尽ではないか。子供たちは死にたくて死んだわけではない。幼くして死んだ哀れな子供を罪人扱いするのはどうなのか。しかも無間地獄とは酷い話である。賽の河原などの説話は、民間信仰の中で仏教のテイストが加味されて成立した物語であり本来の仏教とは関係ない。哀れな子供に逆縁の不幸を背負わせたのはなぜか。年長者を重んじる儒教的倫理感が見てとれる。当時は子供の人権などは無かったなどの背景もあるかもしれない。

子供視点で考える逆縁

他方、親に先立った死者の視点の描写であるとも考えることもできる。ドラマ化もされた漫画「妻、小学生になる」(村田椰融作・芳文社)は、前世の記憶が蘇った小学生と、かつての夫、娘らとの交流を描いた作品である(注)。作中、彼女は母親と再会し「先に死んじゃってごめんね」と号泣した。前世の彼女は30代の若さで飲酒運転の車にはねられて死んだ。彼女に罪はない。まったくの被害者である。それでも彼女は逆縁の不幸を悔やみ、ひたすら謝った。罪がどういうという問題ではない。親を悲しませてしまったという事実が彼女を贖罪させたのである。石を積む子供の姿も、死者たちのせめてもの償いを表現したものなのかもしれない。そして親たちは何の罪もないのに自らを責める子供たちのために代わりに石を積む。互いが互いを思いやる哀しくも美しい光景。そう解釈することもできる。その意味で「親死 子死 孫死」の順番に反してしまった逆縁は、罪はなくとも不幸であることに変わりはない。

なお親による子の虐待死の報道も絶えない。彼らは人為的に、我が子に逆縁の不幸を押し付けるという大罪を犯している。これに匹敵する地獄行きの案件は中々無いだろう。

注:ドラマでは生まれ変わりではなく、妻の霊が別人の少女に憑依していたという設定に替えられている。

現代の「大往生」の難しさ

高齢の人が天寿を全うすると大往生と呼ばれる。往生とは極楽往生の往生のこと。つまり極楽浄土に「往き」、そこで新たに「生きる」ことを意味する。浄土系仏教では阿弥陀仏に帰依して念仏を唱える人は誰でも往生できるとされるが、死者の中には突発的な事故死など、周囲も納得するほどの年月を生きることなく、人生半ばで往生してしまった人も多いことだろう。往生に「大」が付くのは、そうした人たちと比べて長寿、つまり神仏から与えられた命を最後まで使い切ったことを称える意味があると思われる。大往生と言われるような場合、死を悲しむというより、むしろ今生での人生の幕が堂々と降ろされ「長い間お疲れさまでした」といったところである。何より「親死 子死 孫死」の順番通りである。

だがこの大往生、現代では難しい面もある。単に長寿を全うしただけで大往生とは言えない。例えば発達した医療技術による延命に次ぐ延命の末に、やっと死ねたような場合でも大往生と言えるのか。また社会の長寿化において、介護する側が先に往生してしまう場合も少なくないと思われる。その場合は老いた身で逆縁の不幸に遭うことになる。「親死 子死 孫死」の難しさは現代でも違った形で現れているといえるのだ。

これで良し

このように見ると「親死 子死 孫死」が当たり前のようでいかに難しく、大切なことかがわかる。とはいえ、それでもおおよそは親は子より、子は孫より先に死ぬものだ。親や祖父母を見送る時、仙厓(一休)の言葉を思い出せば、順番通りに死ぬことは悲しむことではない、これで良かったのだと思えるのでないだろうか。

ライター

渡邉昇(掲載日:2022/05/17)

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