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ムスリム土葬問題は住民が譲歩するか決裂するかのどちらかだろう

政治と宗教の話はするなと言うが、異なる宗教間対話は困難を極める。それが葬送・埋葬の話となれば宗教観・死生観の根本に関わる問題だけにより複雑になる。在日ムスリム(イスラム教徒)の土葬問題はその典型といえる問題である。

ムスリム土葬問題は住民が譲歩するか決裂するかのどちらかだろう

ムスリム土葬問題とは

先日イスラム教の土葬問題の記事が掲載された(「やっと見つけた場所」イスラム土葬墓地に“待った” 住民から反対/西日本新聞 11月3日)。

記事を要約すると、別府市のムスリム団体が取得した土地を土葬専用墓地にする計画について、環境悪化を理由に住民から反対の声が上がっている。ムスリム専用墓地は全国でもわずかで九州には一つもない。イスラム教の教義では火葬は認められていないので、団体は「理解してほしい」と訴えている。日本の墓地埋葬法は土葬を禁止していないが、排水流入の危険が指摘されたり、風評被害を恐れる畜産業者の声が掲載されている。地元民が反対の陳情書を町長と町議会に提出。長期化の様相を呈しているという。

記事によると、団体は埋葬場所がなくなる将来を見越して、10年以上前から近場に土地を探し始めようやく購入したといい、団体の代表は「違った文化の人たちが安心して利用できるお墓の整備は急務」と述べた。また、ムスリムの息子の墓地が山梨にあるという福岡県の男性は、「金銭的負担が重く墓参りができない」「近くにお墓がほしいのは九州のムスリムみんなの願い」と訴えている。記事は宗教学者の「お互いに納得するまで話し合うことが必要だ」との言葉で結んでいるが、些か違和感を覚えた。

ムスリム側に譲る気持ちがない理由

記事を読む限りムスリム側は「自分たちを受け入れてもらいたい」ことのみを訴えている。彼らの訴えは切実であり純粋であるが、自分たちの価値観を譲ることはまったく考えていない。ムスリムにとって唯一神・アッラーの教えは絶対だからだ。彼らは言葉や態度は丁寧でも「すみません」と恐縮しながら、満員電車に無理やりねじこもうとしているようなものである。

マイノリティーとしての作法

「自分たちを理解してもらう」この文言には自分側が譲る要素、対話の相手の考えを理解しようとする態度が入っていない。理解してもらうには、まず自分たちが相手を理解しなければならないのだが、マイノリティーに属する人たちは、少しでも譲ってしまうとアイデンティティの崩壊につながる恐怖に陥っているのかもしれない。マイノリティーがまずするべきことは、その共同体の価値観を学び、自分たちがなぜ異端とされているのかを自覚すること。ムスリムなら日本人の宗教観、死生観を理解することである。しかし、見通しは暗いと言わざるをえない。この問題は人間同士の問題ではなく、人間と神の問題だからである。

イスラム教と主権在神

イスラム教では最後の審判により天国行きと地獄落ちが決まる。それまでは墓で眠っている状態だとされ、墓は仮住まいといえる。火葬にされると復活する肉体が消滅してしまい審判を受けることができなくなるというわけだ。根本聖典「クルアーン」には直接火葬禁止とは書かれてはいないが、復活に備えての土葬から導き出された結論のようである。また地獄の業火と同じものを連想するらしく、ムスリムにとって土葬は絶対に譲れない。日本では土葬は違法ではないが、ほぼ全員と言ってもいいほどに火葬が行われている。衛生面・疫病の問題などを考えると、高温多湿でありコロナ渦の現代日本において土葬は相当無理がある。しかし死後の運命がかかっているムスリムにはそのような事情は無意味である。「その程度で復活させることもできない神の力ってそんなものか」「器の小さい神様」などの声がインターネットなどで散見されるが、いずれも人間の論理である。神がそう言ったからそうなのだ。神の言葉は完全無欠である。人間は神の奴隷であり、人間側から異議を申し立てることは一切許されない。一神教においてすべての権利は神にある。イスラム思想学者・飯山陽が言う「主権在神」なのだ。しかしキリスト教も一神教だが、イエス・キリストの神性について議論が分かれるなど良く言えば柔軟、悪く言えばスキがある。イスラム教のアッラー一元主義にはスキがない。飯山はこの点を「完成された宗教」「宗教の最終形」と呼んでいる。土葬問題もここに行き着く。彼らは絶対に譲らない、たとえ個人の心情としては譲りたい人がいたとしても譲れないのである。

日本人の宗教観と認識不足

これらの事実を多くの日本人は理解できない。ムスリム土葬問題について「郷に入れば郷に従え」との声が散見されるが神の完全性についての認識が不足している。

よく日本人は神社でお宮参りや七五三を祝い、クリスマスやハローウィンを楽しみ、教会で結婚式を挙げて仏式で葬式を行うなどと揶揄される。日本の宗教史は神仏習合の歴史である。外来宗教である仏教を受け入れ、その仏教の影響を受けて素朴な天神地祇への信仰が神道として確立された。神道の最高主宰者・天皇は同時に仏教の保護者でもあった。「和をもって尊しとなす」の精神の賜物だろう。現在においても、何らかの仏教宗派の檀家であり、盆や初詣には参拝に行く。しかし特定の宗教は持たない。この矛盾を矛盾と感じない緩やかな宗教観故に日本人には神の絶対性を理解できない。

筆者の友人が「真面目な話をしているのに、信心をするべきだと言われた。ふざけている」と憤っていたことがある。これはどちらに非があるというものではなく、完全に噛み合っていなかったと推測できる。友人にとって宗教は習俗か趣味程度の認識しかなかった。しかしその相手は大真面目だったはずだ。信仰者にとって宗教は趣味や慣習ではなく人生そのものであり、生活より前にくるもので、後にくるものではない。友人は典型的な日本人であることがわかる。日本人は宗教を甘くみている。だから郷に従えなどという発想が生まれる。神の絶対性の下で生きるムスリムとは住む世界が違いすぎるのだ。「お互いに納得するまで話し合うことが必要」とは正論だが非現実的である。

現実を知ること

ムスリム土葬問題は、日本人側が譲歩するか、完全に決裂するしかない。例えば無人島をムスリムに与える…などということができれば実務的な解決は可能だろう。しかし、神の完全性を最も厳格に守るイスラム教と、緩やかな宗教観の日本人との対話は根本的に成立しない。その認識が日本人・ムスリム双方に不足していることが問題である。グローバリズムを謳うなら、話し合いが大切などという凡庸な綺麗事ではなく、現実に即した宗教教育が必要である。和解の道を見いだせるとしたら、そうした教育を受け認識を深めた次世代に期待するしかないと思われる。なお、こうした問題とは別にイスラムの死生観そのものは魅力的であり、独立したテーマとして焦点を当ててみたい。

参考資料

■飯山陽「イスラム教の論理」新潮新書(2018)
■小杉泰「イスラームとは何か」講談社現代新書(1994)

ライター

渡邉 昇

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