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葬儀と関係なかった仏教が、葬儀と結びついた背景と親鸞の影響力

日本仏教が「葬式仏教」と揶揄されて久しい。しかし元々、葬儀とは関係ないはずの仏教が葬儀と結び付いた背景には、死に対する「穢れ」を突破した鎌倉新仏教の僧侶たちの「慈悲」故であったことは以前にふれた。

それは打ち捨てられた遺体を見かねた民衆の、供養して欲しいという願いに応えたものだった。「葬式仏教」は日本人の精神構造に沿ったものであった。その中で親鸞(1173~1263)は極めて異質な存在である。親鸞の思想とは「自由・平等・個人主義」という前衛的なものであった。しかしその思想もやがては日本人の精神構造に取り込まれることになる。

葬儀と関係なかった仏教が、葬儀と結びついた背景と親鸞の影響力

革命家・親鸞

親鸞は鎌倉新仏教の先駆けとなった浄土宗の宗祖・法然(1133~1212)の弟子で、浄土真宗の宗祖である。浄土真宗は阿弥陀仏一仏のみを信仰の対象とする一神教に近い教えで、その他の、例えば日本古来より伝わる八百万の神々を仰ぐ必要はないとする「神祇不拝」、仏法を王法より上として天皇・将軍などの支配者を敬わない「国王不礼」を公然と掲げた。つまり日本古来の宗教的・世俗的権威を一切否定したのである。さらに親鸞は中世にあって「個人主義」を唱える。

「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり」(唯円著・「歎異抄」 末文)

これは自分だけが救われるといった意味ではなく、阿弥陀仏は常にその人その人の前に現れ、その人を救うという意味である。阿弥陀仏にあっては全ての人間は平等であり、そこに貧富、上下の差はない。親鸞にとって人間は皆、等しくかけがえのない「個人」であった。それ故、親鸞はこうも言っている。

「親鸞は弟子一人ももたず候」(「歎異抄」 第六章)

伝統を壊そうとした親鸞

こうして親鸞は日本の伝統的な身分や上下関係、習俗、儀式儀礼などを解体しようとした。なぜそのような教えに至ったのか。

近代以前の身分制社会において、一部の富裕層以外の民衆は貧しく苦しい生活をおくっていた。彼らにとってこの世は救い無き苦界であった。そこに法然は「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えるだけで救われるという革命を起こした。ただ念仏を唱えるだけで極楽に行けるのである。日本において仏教は国家・貴族のものであり難解な学問であり、貧しく文字すら読めない民衆にとって遠いものだった。法然の革命で民衆はどれほど救われただろう。親鸞もまた法然の教えに感銘を受け弟子となり、法然の革命をさらに先鋭化したのだった。

遺体は埋葬せずに「棄てるべし」という遺言をのこした親鸞

こうした親鸞の思想はその遺言にも反映された。親鸞は死に際して自らの遺骸を「棄てるべし」と言い残している。

「『某(それがし) 親鸞 閉眼せば、賀茂河にいれて魚にあたふべし』と云々。これすなはちこの肉身を軽んじて仏法の信心を本とすべきよしをあらはしましますゆゑなり。これをもつておもふに、いよいよ喪葬(そうそう)を一大事とすべきにあらず、もつとも停止(ちょうじ)すべし」(本願寺第3世・覚如著 「改邪抄」 第16条)

極楽往生した身にとって肉体はもはや脱け殻同然であるし、魚に与えることで魚に生命を与えることになる。さらに広く見れば母なる地球に帰ることにもなる。昨今流行りの散骨や自然葬につながる現代的な発想といえるだろう。しかしその遺言は守られることはなかった。

遺言はかなわず納骨された。場所は大谷廟堂、のちの本願寺だった

親鸞の遺骸は遺言に反して、鳥辺野の南にある延仁寺で火葬にされた。翌日遺骨を拾い、同じ山麓の鳥辺野の北の大谷に納骨された。没後10年にして、末娘の覚信尼(1224~1283)と門弟は墓所を改造し御影を納める。この大谷廟堂がのちの本願寺である。

覚信尼は廟堂を管理する留守職となり、一族の生活の糧とした。以降、本願寺は親鸞の血統=大谷家を頂点として浄土真宗の儀式・儀礼を受け継ぐ。大谷家は近代には伯爵となり、皇室とも縁戚関係を結ぶ名門・名家として現代に至るまで日本仏教界に君臨している。
親鸞の個人主義からすれば教団という形式自体がそれに反するものであり、全く見当違いの展開ということになる。 しかしそれこそが日本人の儀礼を重んずる精神構造である。親鸞はあまりに先鋭的過ぎたのだった。

日本人の精神構造とは?

日本人の遺体、遺骨への思いは深い。震災・事故はもちろん、第二次世界大戦の旧戦地では、現在でも遺骨の捜索が続けられている。血の繋がりを重んじ、祖先を敬う日本人はどうしても遺体を川に棄てることなどできない。「葬式仏教」が求められたのはまさにそれ故だった。川に棄てよとする遺言は明らかに「葬式仏教」に反するものであろう。

本願寺(大谷廟堂)は親鸞の革命に反して、血統・血脈、そこからつながる葬儀・埋葬を選んだ。それは日本人の精神的土壌に適応したともとれる。皮肉にも革命家・親鸞は子孫を残したことにより、仏教では唯一、血族による伝統儀礼の継承が確立されたのであった。

親鸞は仏教史上最初の妻帯者である。従来の権威を否定した親鸞は「僧に非ず、俗に非ず、」とし、「半僧半俗」を称した。それ故、妻帯をする。「僧に非ず」であるから問題はないというわけである。
革命家ならではの自由な発想と言いたいが、その発想の土壌は、結局は血の繋がりを重んじる日本人の精神構造故だと筆者は考える。親鸞といえども日本人の精神構造に取り込まれることは避けられなかったのではないかと思われる。

革命は再び起こるのか?

親鸞はその革命的な性格から、リベラルとか進歩的などと呼ばれる人達に人気のある思想家である。しかしその個性も、血の繋がりの重視、そこから葬儀・埋葬へ行き着く日本人の精神構造に革命を起こすことはできなかった。散骨などの進歩的な葬送方式がこの先どれほどの普及を見せ、どこまで日本人の精神構造に革命を起こせるだろうか?興味深いところではある。

参考文献

■唯円 「歎異抄」 千葉乗隆 訳注 角川文庫 2013
■井上鋭夫 「本願寺」 講談社 2008

ライター

渡邉 昇(掲載日:2018/10/03 更新日:2021/10/27)

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