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老人はいつからか先人ではなくなってしまった 理想の高齢者像とは

「尊厳死」という言葉には人生の大事が詰まっている。人の「尊厳」を傷つけることは許されざる行為であるが、「優しさ」「いたわり」といった美しい言葉が、人に対する「尊敬」「敬意」の念を薄くしてしまうことがある。この点について特に高齢者への態度、高齢者自身の未来の展望について指摘したい。

老人はいつからか先人ではなくなってしまった 理想の高齢者像とは

「お年寄りを大切に」という標語への違和感

先日テレビ番組で高齢者のユーチューバーを特集していた。ギネスにも登録された91歳のゲーム実況系ユーチューバーの方などその界隈では名の通った方々ばかりで、よくある企画ではあった。しかしどうにも気になったのは番組出演者らの、元気なお年寄りが頑張っている姿を温かく見守っているといった態度である。それが悪いと言っているわけではないが、こうした「お年寄りを大切に」といった向きには先人への「敬意」が全く感じられないのである。

いたわりだけが残り尊敬されなくなった老人

筆者は以前から「老人をいたわる」「敬老精神」といった言葉、概念に違和感があった。介護施設などでは幼児をあやすかのような口調で世話をする、保育園のような感覚でゲームなどをするなどの光景がよく見られる。そこには老人への「いたわり」「優しさ」はあっても、先人への「尊敬」や「敬意」はない。人生の先輩であり師であるはずの老人を見下している(本人にはそのつもりはなくとも無意識に)ように見えるのである。老人はいつから「賢者」「老師」としての存在から、いたわられ、あるいは疎まれる存在になったのか。それは老人が尊敬されない、老人を尊敬しない世の中になっているからであると思われる。

(年齢とは関係なく)尊敬できない人物はあまたいる。高齢者側も心得なくてはならないことだろう。長く生きているだけで偉いわけではない。以前生まれた場所で人生を完了させる「Aging In Place」について書いたが、それは社会から庇護されて生きるのではない。周囲から「敬意」と「尊敬」を受ける存在になるべきである。

老いを忌避する風潮の影響

かつて老人とは尊敬される先人であった。智慧を持ち威厳を持ち若者を導く存在であった。身近なところでは「おばあちゃんの知恵袋」などという言葉も死語になりつつあるが、核家族化などで最も近い先人であった祖父母に何かを学ぶことも少なくなった。

また、ひとつの要素として、若さ至上主義があるのではないか。アンチエイジングという言葉も定着した。「永遠の若さ」は人間の夢である。その意味ではアンチエイジング自体は否定できない。しかし日本でいう若さとは「幼さ」と同義であると感じる。「美魔女」などという言葉も定着して久しい。その年齢相応の美しさというものがあるはずなのに、大人の美しさではなく、若者に近づこうとしている(あるいは遠ざかる若さにしがみついている)。マーケティングの世界では大人が女子高生・中学生に新製品についての意見を求めている時代である。大人の側が老いを拒み、若さにすり寄っているのだ。

しかし当然人間は老いる。そのことに目を瞑って若さにしがみつく幼い精神性の大人たちが「本物の若者」から侮られるのは当然であろう。そして「老い」に価値を見いだせない現代の大人は必然的に老人を見下すことになったのではないか。当然そのような現代の大人が老人になったときも、同じく尊敬などされないだろうことは想像に難くない。

尊敬される先人

武道の世界には齢80を超えなお若者を制する技を持つ「達人」が存在する。もちろん現実は格闘技漫画ではない。若者がなりふり構わず力まかせに向かっていけばこれを捌くのは難しいだろう。しかし、武道を極めた者は単に強いだけではない。知性が滲み、凛とした風格を備えているものである。若者は腕力のその先にある、熟練の技術や所作の美に敬意を抱くのである。これは必ずしも五体満足である必要はない。ある老空手家は車いすの身で上半身の鍛錬を欠かさない。鋼のような肉体も眼光の前に「いたわる」などという言葉は思いもつかない。周りから尊敬されていたのも当然である。

これは武道に限ったことではない。学問、宗教、もっと身近に料理や手芸などでもよい。「道」を若者に諭し、若者を導くことのできる堂々たる老人として「老い」を楽しむことができれば、周囲の人たちからも頼られ、また卑屈にならず頼ることができると考える。孤独死の問題も社会から孤絶した結果である。生まれた場所で「良く死ぬ」ための「Aging In Place」実現のキーワードは「いたわり」「優しさ」よりむしろ「尊敬」「敬意」ではないだろうか。

「老人」から「先人」へ

私達はいきなりゼロから生まれたわけではない。先人達の生の歴史の上に生きている。そして、次の世代を育て、大切なことを伝えていく義務がある。そのような歴史の中の自分を考えれば、高齢者への敬意を失うことは人としての根本を喪失する。孤独死、尊厳死などの問題には、若者側の見下ろす目線から、見上げる目線の逆転が必要である。同時に、簡単ではないが高齢者もいたわれる「老人」から敬意を抱かれ、その死後も「もっと学びたかった」と言われる「先人」になるべきではないかと考える。

ライター

渡邉 昇

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